陽明学日記(4)欲望の起こらない前に予防?

「陽明学ではどんな人であっても良知(誰もが持つ先天的道徳心)が備わっており、それが人欲によって覆い隠されているのであり、実際の行動の中で良知を引き出す努力をすることによって、倫理が実践されるとします。」ということを第2回目に述べました。

そして、前回は私自身の誤った行動と「事上磨練」、行動の中でこそ本質的な学びがある、ということを示しました。
間違いから学ぶことは大事です。しかし、過ちを犯す前にこれを抑えることはより重要です。

陽明学では良知を引き出すために人欲を排除することが必要であると教えます。「人欲」この解釈は簡単ではないと感じます。例えば、すべての食欲を抑え込んでは生存できません。どう考えるべきなのかと私なりに考え、まずは「自己中心的な考えと行動」と解釈してみました。おそらく完全な解釈ではないと思いますが、これによって間違った行動に私を導くことはないと思い、まずはこれを基準にしてみようと思い至っております。

しかしどうしても自己中心的な考えはすぐに首をもたげてきます。
これすら難しいと感じていた時に、林田明大先生の御著「真説伝習録入門」の中に「欲望の起こらない前に予防し」という文言を発見しました。

むむ、どういうことか?考えてみました。
自己中心的な考えや行動が出そうな状況をあらかじめ予想して先手を打つのだろうか?

今日、やってみました。
私は極めて早歩きです。
別に急いでいなくても早歩きです。

混雑する中で、目の前をゆっくりと歩く人がいると、ついつい不愉快になり、時にはぶつからんばかりになりながらすり抜ける(時には軽くぶつかる)ようなことをやってしまいます。
どう考えても自己中心的な行動です。

大阪駅は巨大ターミナルです。列車から一歩出ると目の前には必ず大混雑が待っています。

そのことをひとつ前の駅の時点で予想し、
目の前にゆっくり歩く人がいても気にしない、
イライラしない
決して無理やり追い抜くような行動をしない
と心の中で誓い、大阪駅に降り立ちました。
そして誓った通りに行動しました。

そして気づきました。
心がいつもより少しだけ透明感があると、
これは学びなのだろうか?
一歩?半歩?前に進めたのだろうか?
そんなことを考えながら、いつもよりゆっくりした速度で乗り継ぎホームを向かったのでした。

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