陽明学日記(2)Ethics(倫理学)がアメリカでやかましく叫ばれています

Ethics(ビジネス倫理)は特にアメリカにおいて管理会計の分野で大きく取り上げられるようになりました。私自身CMA(Certified Management Accountants, 米国公認管理会計士)試験の勉強をしている際、さらに資格所得後にIMA(Institute of Management Accountants, 米国管理会計士協会)からもたらされる様々な情報の中で常に中心的存在であり続けるEthics(倫理学、ビジネス倫理)というものに少なからず驚かされていました。

当時は、「アメリカ企業はよほど倫理観が欠如しているのだろうな」などと上目線で偉そうな考えで見ておりました。が、もたらされる情報の中に日本企業のものも散見され、よく考えてみると日本も偉そうなことを言えるような状況にはない、ことによるとアメリカ以上に倫理観の欠如した企業活動が行われるように落ちぶれてしまったのではないかと思うようになりました。

短期的な1企業、あるいは1個人の利害のために行われる反倫理的な行動、人欲にまみれ陽明学でいうところの「良知」が覆い隠された世界がそこには存在しているようです。

さて、管理会計で取り上げられるのは、組織的な賄賂、社員による横領、不適切な会計処理などです。
アメリカ流(欧米流?)のEthicsにおいては、人はチャンスさえあれば反倫理的な行動をとるのだ、という性悪説的な前提のもと、不祥事がおこりやすい環境には共通のものがあると主張されます。
不祥事が起こりやすい環境、それは3つあり、これらが重なり合うと不正の起こる可能性が高まると言われています。
①Rationalization(正当化):皆やっている。自分だけが悪いわけではないと思わせるような環境
②Opportunity(機会):不正を容易に行える環境、チェックが甘い、権限が集中している等
③Pressure(プレッシャー):過度に高いノルマを与える、多額のお金が必要な生活環境であるなど、いわば直接の動機。

そして、これらの環境を取り除くこと、多くは仕組みやルールによって解決を図ろうとします。
それはそれで意義のある活動であることは否定できませんし、実際に成果をあげている考え方です。

一方陽明学など東洋的な哲学の世界では、「教育」を重要視します。
陽明学ではどんな人であっても良知(誰もが持つ先天的道徳心)が備わっており、それが人欲によって覆い隠されているのであり、実際の行動の中で良知を引き出す努力をすることによって、倫理が実践されるとします。(浅学につき、誤解釈があるかもしれません)

江戸時代から現在に生きるこのような考え方、元々は中国に起源があるとはいえ、日本において大きく花開いた考え方を実践し、世界に発信していくことが可能ではないか、そんなことを身の浅学非才を顧みず考えております。

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